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2012年6月

土作りはなぜ必要か

何かものすごく基本的な表題である。しかし、ここ最近のエントリーを眺めてみるに、EMをこき下ろしたり、JAに文句つけたりと必要なことではあるが非建設的な趣旨の話が多かった。何か前向きな話がしたいと思っていたところ、土作りについてまとまった話をしたことがなかったことに気が付いた。今まで関連エントリーでそれぞれに土作りに触れていたので、書いたつもりになっていたが、そのものストレートな表題のものがなかった。そこで、今回はその話をしたいと思う。

さて、そもそも土作りとはいったい何か。土壌肥料の専門書として基本的な「新版土壌肥料用語辞典:農文協」にもその項目はないくらい基本的かつあいまいな用語だと思う。で、土を作るといったところで他から原材料を持ってきて一から土を作るわけではもちろんない。自分の考える定義としては農業用地を作物の生産に適した土壌環境にすることだと思う。

土壌の最も基本的な構成要素は鉱物粒子である。岩石が物理的に細かく砕かれ、さらに化学的変化によって形質を変え、粒子状になって土壌のベースとなる。そこに微生物や植物が徐々に繁殖し、その遺体が腐植となって生物・無生物が入り乱れた複雑な土壌を形成していく。こうして土壌は出来上がっていく。

しかし、そうすると自然状態で植物にとっては結構好適な土壌環境ができているのではないかと思うかもしれない。実際、野原や里山を見てみれば、複雑で豊かな植物相が形成されている。ことさらに人間が手を加える必要がないのではないかというわけだ。しかし、ここに自然農法を標榜する人がはまりやすい罠がある。一見豊かに見えるが、咲き誇っている花の下にはたくさんの犠牲がある。それぞれの植物は個別に見ると意外に貧相にしか育っていない場合が多いと思う。

閑話休題。

言いたいことからずいぶん話がそれてしまった。つまり、自然状態では植物の生育にとって最良の状態であるとは限らず、その土壌環境に合う植物が環境が許容する範囲内で繁殖しているだけである。農業とは、その自然状態を超えてより多くの収穫物を収奪する行為なので、人為的な土作りは欠かせないのである。

一般的に、土作りというとどちらかといえばふかふかした軟らかい土作りをイメージする人が多いと思う。より深く、広く根が張れる状態ということだ。土のこういった軟らかいとか固いとか、隙間が大きい、小さいという状態を表す言葉を土壌物理性というが、土作りとはこの土壌物理性のことだけではない。これについては後述する。

では、具体的な土作りの話に入ろう。まず鉱物粒子だけの土壌状態があるとしよう。山野を切り開く場合、表土には腐植が含まれているが、少し掘り返すと母岩土壌が出てくる。西日本では花こう土(マサ土)が一般的かと思う。これらはほぼ鉱物粒子だけである。そうするとどうなるか。それらの粒子は粗く、お互いに引き合う力も弱いので均等にびっしり詰まった状態を作りやすい。つまり通気性、排水性が弱く、固くなりやすいため植物の根が広く張りにくい。また肥料成分を捕まえる力(保肥力:塩基置換容量)も弱いため施用した肥料が土壌にとどまらず、無駄が多くなる。これが花こう土でなく粘土質土壌(玄武岩質)であれば少々事情が変わる。隙間はより少なく、通気性、排水性はかなり少なくなるが、保肥力は大きい。しかし、結局植物の根は張りにくいのでいずれにしてもそのままでは耕作に適さない。

一般的にこういう植物栽培に適さない土壌については、堆肥等の有機質資材を施用して改善を行う。よくできた完熟堆肥は普通暗いこげ茶色をしているが、これは腐植酸の色である。腐植酸は有機物を分解したときに最終的に生成される物質のひとつで、土壌粒子同士を結びつけ、団粒構造を形成する。これによって土壌粒子がある程度大きな塊となり、隙間(土壌孔隙)を形成して通気性、排水性を向上させる。また、腐植酸は他の腐植物質であるフルボ酸とともに土壌の保肥力を増大させる。こうして、耕作用の土壌として理想といわれる固相(鉱物粒子):液相(水分):気相(空気)=4:3:3という比率に近づけていくのである。

また、土作りは化学性という面からも考えなければならない。物理性の改善が重要だからといって、施用する有機質資材の性質も考慮せず、大量施用を続けていては塩基類の蓄積による土壌のアルカリ化やリン酸の蓄積を招く。特に鶏糞はカルシウムとリン酸が蓄積しやすい。また、比較的肥料成分が少ない牛ふんではカリウムの蓄積が起こる。適切な土作りのためには土壌診断を行いながら化成の資材も併用してバランスをとり続けなければならないのである。

それでは有機質資材等の施用によって土作りができてしまった土壌は、それ以上分解しにくい腐植酸等によって出来上がっているので、そこで土作りをやめてしまってもいいのだろうかというと、そんなことはない。腐植酸もゆっくりではあるが分解されるし、潅水等によって溶脱も起こる。また、人間が作物を栽培し、食用とすることでその土壌からの収奪が起こる。穀物や果菜類など植物体の一部だけ利用し、残りは土壌に還元するとしても収穫した分だけの収奪は起こるわけだ。その分を補ってやらねば土壌は痩せていくので、継続して有機質資材の施用が必要になるわけである。

以上のような理由で、土作りは必要なのである。しかし、これは自然を参考にしてはいるが、自然な行為ではない。何度も繰り返すが、単一の植物相を作り、もともとやせていた土地を肥沃な土壌に変える人の営みを自然とは言わない。土作りを行い、農業を営むことはたとえ何十年何百年昔であってもその時代なりの科学的考察に基づいた人為的営為なのだから。

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Chhomの学長は遺伝子のことを何もご存じない?

CHhom(カレッジ・オブ・ホリスティック・ホメオパシー)のサイトに次のような記事が掲載された。「7/28(土)【洞爺から全国中継】自家採種のタネが最も大事な多くの理由」


-引用開始-
生命は最初に雄が退化する。
Yの遺伝子を守る力はXの遺伝子にある。Xの遺伝子が一つの雄は、
それを破壊されると修復できない。雌はXの遺伝子が二つあるので、
一つ壊れても大丈夫。
五十年前に比べて、男性の精子数が三分の一になっている。
-引用終了-

こんな話はまったく聞いたことがない。もちろん、人間の遺伝子についてはまったくの専門外なので明確に否定できる根拠は持たないが、あまりにも荒唐無稽なので、自分の知識で指摘できる点は指摘しておく。
まず、Xの遺伝子って何だろう?染色体のことだと思うが。Xの染色体に含まれる遺伝子ってことか?Xは二つあるから大丈夫って壊れた遺伝子をもう1つのXが修復するのか?もしかして、細胞分裂における複製のことを言っているのか?まったく意味がわからない。男性の精子数が50年前の1/3って根拠となる論文はどれなのか?専門外だからというのもあるが、見たことがない。せめて、概要でもいいから分かるところのリンクだけでも張って欲しい。調べようがない・・・ことはないが非常にめんどくさい。

-引用開始-
それはF1種のせいか?ミツバチも雄しべのないF1種の花粉や蜜のせいで
生殖できなくなったのではないか。この状況を危惧しなければならない。
私は雄しべのない花の写真を見たことがある。
だが、アクティブプラント(AP)を使う豊受自然農園の花には雄しべがある。
APで先祖返りしたのだろう。その蜜をアブや蝶がおいしそうに吸っている。
-引用終了-

ええとですね、蜜はいいとして、おしべのないF1種の花粉っておしべがないのにどうやって花粉を作るんでしょうか?自分が言っている言葉の意味分かってます?おしべのない花の写真ってそれがどうしたというのでしょうか。普通の交配育種でもおしべは取り除きますがね。ああ、雌雄異花や雌雄異株の植物の場合、雌花や雌株にはおしべはありませんけど、ご存じない?ううむ、なんかいつもと口調(?)が変わってしまうくらい脱力しちゃうやないですか。もしかして、F1の交配親って遺伝子組み換えとかで作ると思ってます?いや、そういう例もあるでしょうが、だいたいは交配、選抜など普通の育種で作ってるんやないでしょうか。で、アクティブプラントを使うとおしべができるって、普通にその辺にあるF1種の野菜類にも普通におしべはできてますが?おしべがなかったら実をつける野菜(果菜類)は作れないんですけど。あ、もしかして単為結果するF1があるのかなぁ。いやぁ、知らなかったな。

-引用開始-
無農薬野菜をつくるだけでなく、種をとる畑をつくる。
豊受の事業に人類の存続がかかっているという気持ちでやっている。
スーパーや大型レストランなどは、みんなF1種。
どれも同じ形で同じ大きさなのは、F1種だからできること、野菜のクローンだから。
自家採種からできた野菜は、一つひとつの個性がにじみ出ている。
-引用終了-

あ、そうか。F1って言葉の意味をご存じないからこういう論調になるのかな。説明して差し上げますね、読んでないと思うけど。F1とは雑種第一代(ざっしゅだいいちだい)のことね。first filial generationを略してF1です。ちょっと分かりにくいけど。形質の優れた遺伝子を持つ両親を固定種でまず育種するのね。ここに至るにはかなりたくさんの掛けあわせを試しているわけ。どの固定種とどの固定種を掛け合わせると均一で優れた性質が現れるのか、をね。これで両親が決まったらいよいよ交配して採種になる。つまり、遺伝子の均一性は高いけど、クローンではないんですね。かなり良く似ている兄弟と言ったらいいかな。一卵性双生児ではないけど、よく似た兄弟。
で、スーパーや大型レストランはみんなF1かというと、そんなことはないと思う。比率は高いだろうけど。で、どれも同じ形で同じ大きさってそれはスーパーがそういう仕入れをしているから。それに合わせてJAや市場が規格を決めているから。クローンだからなんかじゃ決してない。その影で、F1といえども農家の出荷調整で、JAの検査で形や大きさがあわずに落とされ、加工用にまわされたり、自家消費に回されたり(農家は自家消費用に無農薬とかの野菜は作ったりしませんよ。めんどくさいし)するのがたくさん出てくる。スーパーは売りやすいように野菜なんかの規格を均一にするんですね。スーパーがそういう規格外のものも売ってくれたら個性あふれる野菜がスーパーの店頭に並びますよ。たとえそれがF1でも。

こんないい加減なことを言ってる、あるいは遺伝・育種というものが分かってない豊受なんかに人類の存続なんてかけれるわけはないじゃないか。

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「比嘉照夫氏の緊急提言 甦れ!食と健康と地球環境」の問題点

こちらでもたびたび取り上げているEMの比嘉照夫氏がDigital New Dealというサイトで「比嘉照夫氏の緊急提言 甦れ!食と健康と地球環境」という連載記事を書いている。そのほとんど(全部?)がEMに関する記事で、当然ながらEM技術の優位性等について延々と記述されている。並んでいる表題を見ると「水質浄化」などはまだいいとして(良くないが)、鳥インフルエンザや口締疫への対応、果ては放射性物質の除染などにも効果を上げているように書いておられるようだ。それらにも色々言いたいことはあるが、今回は2012年6月13日付の記事「第58回 ついに明確となった福島のEM有機農業への道筋」についてツッコミを行いたいと思う。

その中で取り上げられている福島県の放射性物質の除去・低減技術実証事業の問題点については既に取り上げた。今回の記事はそれらに対する比嘉氏の反論に当たるものと思われるが、あまりに粗が多く議論の出発点にも立てていないと思われる。

さて、その記事の中でまず比嘉氏は次のように述べている。

-引用開始-
福島をはじめ、放射能汚染地帯における風評被害の根本的な対策は、本シリーズで、すでに述べたように、栽培された作物の放射性物質が全く検出されない安全な状況にすることである。その背景や具体的な方法とその成果については、前回(第57回堆肥等の放射線対策)で述べた通りである。しかしながら、それらの結果は当方の調査に基いたものであり、公的機関が認めたものではなく、ボランティアの一環にすぎないものであった。
-引用終了-

「栽培された作物の放射性物質がまったく検出されない」という表現は科学者とは思えない。農作物はすべからく必須元素としてカリウムを含んでおり、その一部は放射性物質であるK40であり、農作物は必ず放射性物質を含んでいるといえる。おそらく、比嘉氏の言いたいことは「原発由来の人工放射性物質をまったく含まない」であると推察されるが、仮にも科学者が公的な文章として発表するにはあまりに稚拙である。また、現地調査で放射性物質除去の効果が明らかになったのなら、追試が行えるようしっかりと調査結果を取りまとめ、しかるべきところに発表すればいいのである。それをせず、ボランティアの一環に過ぎないなどというのは言い訳以外の何者でもなかろう。

次に、比嘉氏は福島県の放射性物質の除去・低減技術実証事業のプレスリリースを取り上げ、この試験で取り上げられた方法は十分ではなく、自分が提案する他技術を組み合わせれば完全に放射性物質を取り除けると述べている。それなら、それこそ大学教授なのだから、ご自分の研究機関を使い、論文をお書きになればよろしい。ご自分の提案が見送られた理由などお書きになる必要はない。何の証拠もない推測に過ぎないのである。
ただ、プレスリリースを全文引用している点については評価したい。とはいっても各方面からのツッコミに逃れられなくなっただけかもしれないが。

―引用開始-
EM発酵標準堆肥の量について、多すぎるのではないかという素人の批判もあるが一般的に化学肥料を使う場合でも、堆肥は2トン程度は投入するほうが望ましいという指導がなされており、有機農業農家からすれば10a当り5トンという数値は常識的なものである。
-引用終了-

確かに、2t/10aというのは野菜類においては常識的な堆肥施用量である。しかし、前回のエントリーでも述べたように、堆肥の種類によるところが大きい。比嘉氏はその堆肥の種類による成分量に違いに言及することなく、堆肥という言葉を一般化して用いているが、オーガアグリシステムの堆肥は成分量が高すぎる。私は鶏糞に匹敵する成分量だと述べたと思うが農業技術者の常識として、野菜類であっても鶏糞堆肥を2t/10a施用せよと指導するバカはいない。いや、いないことはないが、その場合は化成肥料の施用を加減したり、やめたりする。化成肥料等の施用とともに土作りとして堆肥を施用する場合、肥料成分量の低い牛ふん堆肥か植物質の堆肥を使うのが常識である。また、比嘉氏は栽培品目についても言及していない。野菜類でなく、水稲であれば成分量の低い牛ふん堆肥であれ2t/10aは施用しない。肥料成分量もそうだが、肥効がコントロールできず、思わぬ時期に窒素が溶出して稲が倒伏したり熟期が遅れたり、食味が低下するからである。比嘉氏はこういった栽培の常識もご存じないらしい。

-引用開始-
これに対し、EM発酵堆肥システムでは、新しい負担が増えるのではなく、むしろ、行き場を失った畜産廃棄物や放射能で汚染された莫大な有機物も、良質な生産資源に変えられるというメリットを考えると論議は不要のものである。
-引用終了-

この言葉どおりであれば問題ないが、もしこれを信じて放射性物質を含む有機質資材をEMで堆肥化して田畑に施用し、生産した農作物が出荷後に放射性物質を含んでいることが発覚したらその産地全体がアウトを宣告される可能性が大きい。そうなった場合、比嘉氏の責任は限りなく重いが、どうされるおつもりなのだろうか。

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