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2012年2月

この冬の野菜の単価は高騰しているが

この冬、野菜の価格は高価格で推移している。少なくとも瀬戸内地方では昨年末からの低温少雨傾向で露地野菜の生育が停滞し、出荷したくても規格を満たす大きさにならず、出荷数量が極端に少なくなっている。ここへ来て降水量が増え、日が長くなってきたこともあって、出荷数量は増えつつあるもののそれでも十分とはいえない。農家は高単価であることはわかっていても指をくわえてみているしかないという状況なのである。

もっとも直接的な影響を受けているのはブロッコリーだろう。早い品種では8月下旬から植え付けが始まるが、9月の台風連発で定植したばかりの苗がたくさん被害を受けた。また、ブロッコリーに限らないがなかなか耕運・畝立てなどの作業が進まず、土壌水分の多い状態で無理に畝立てをして土塊が大きすぎたり、逆に土壌孔隙がほとんどないようなほ場状況で定植を強行したところも多い。こうして苦労してほ場の準備を進めていて、なお台風で畝を崩され、作業をやり直さざるを得なかった人もいた。
このように土壌水分が多く、地下水位も高い状態で定植されたブロッコリーなどの露地野菜は、地上部はそれなりに生育するものの、根の発達は十分ではないものが多い。このため生育が遅れ、ブロッコリーなどは年内出荷予定だったものが年明けでもなかなか規格の大きさに達せず、高単価をにらんでL玉を待たずM玉で出荷した人も多かったようだ。

タマネギやニンニクなどは春先の出荷になるし、地下部を収穫・出荷するため低温傾向も関係ないように思えるかもしれない。しかし他の露地野菜と同様に地上部(茎や葉)は順調に生育したが、根の発達が不十分であるところへ年末からの少雨で葉の先端まで水分がいきわたらず、そこへ寒波が来たために順調だった茎葉の生育があだとなって葉先枯れ症状が顕著に現れている。もちろんこれが収穫物を直接傷めることはないが、痛んだ組織から病原菌が侵入しやすく、今後急激な気温上昇があり、さらに多雨傾向になれば根腐れ性病害の多発が心配される。

施設園芸でもイチゴで低温のため暖房の燃料費がかさばっているのに日照が少なく、果実の着色が進んでいない。このため、暖房をしている割りに出荷が進んでいないのである。普通は着色に時間がかかればそれだけ炭酸同化からの転流が多く甘みが増し、厳寒期はイチゴがもっともおいしい季節になるはずが寡日照のためか思ったほど甘みが乗っていない。それでも九州からの出荷が少ないため高単価で推移しているが、出荷量の少なさから農家の収入増にはつながっていないのが現状である。3月に入って気温が上がってきたとき、各地からの出荷が急激に増加しての値崩れが心配されるところであるが・・・。

このように考えていると、農業はつくづくギャンブルだな、と思う。例年高単価になる時期を狙って定植しても今年のように極端に生育が遅れたり、前進したり。そのため他産地などと出荷が重なって単価が思ったように上がらない。作業の分散を狙って定植時期や品種を変えて計画的に収穫しようとしても後から植えたものの生育が追いついてきて、結局同時期の出荷になったりもする。思ったような時期に出荷できても社会情勢などで極端に単価が下がることもある。今年度前半などは震災の影響を受け、通常高単価の時期でも農作物の動き(流通)が悪く、ずっと安値で推移していた。
そうかと思えば平成20年には輸入餃子の農薬混入事件によってニンニク価格が高騰し、普通に作っていただけなのに予想外の高収入を得たようなこともあった。

話は変わるが、景気を良くするためには人々がお金を使い、社会に流通させることが必要である。必要最低限以外の事に気持ちよくお金を使ってもらうためには生活の心配がないことが必要だろう。今ある程度の金額を使ってしまっても、生きていくには困らない程度には蓄えがあると思えなければならない。あるいは、いついつまでに必ずある程度の金額が入ってくるという保障がある、でもいいだろう。
今の農業の状況を見るにつけ、やはりこれでは農家は安心してお金を使うことができないと思う。たとえ突発的な高単価で一時的に儲けても、いつ収入が無くなるかわからない状態では必要最低限のお金しか使えまい。何かあった時のためにと残しておきたくなるのは当たり前である(今の世の中、サラリーマンでもそうだと思うが)。
しかし、それでも農業に魅力を感じ、日本の食糧事情を支えたいと思ってくれる人はいる。それらの人たちに、少しでも生産が安定するための技術提供は当然全力でやっていくが、今の世の中にはびこっているように思える弱者に厳しい政策を見るにつけ、農業の将来への不安からこの国の将来へ悪影響が広がっていかなければいいが、と切に願う。

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好塩菌による農耕地の塩類除去は可能か

以前、塩害対策についてのエントリーをあげさせていただいたが、それに関連して知人からツイッターでこんな記事を教えていただいた。
MSN産経ニュース「細菌使い水田塩分を除去 被災地の農業復旧に活用 九州大、岩手で実験」-2012.2.16 02:13  「震災後に九大の教員・学生らで結成したボランティア団体「がんばっぺし福岡応援団」メンバーと大嶺准教授は、塩を吸収・分解する好塩菌に着目。米ぬかなどと好塩菌を混ぜた約1トンの堆肥を作り、昨年9月、陸前高田市の農地にまいた。作製費は1トン当たり3~4万円で、普通の有機肥料なみという。」

記事では「塩を分解する」とある。塩といえば通常NaClを指すだろうし、塩害の水田から塩分を除去とあるからNaClと考えておけばこの場合は問題ないだろう。となると、わからないのが「分解する」である。NaClが土壌中に存在する場合、結晶のままの塩であるとは考えにくく(毛管現象によって表面近くの濃度が上昇し、結晶している場合はある)土壌水分中でNa+とCl-のイオンになっていると思われる。つまり、分解のしようがない。
となると、好塩菌とはNa(ナトリウム)やCl(塩素)を特異的に吸収し、利用できる菌なのだろうか?それについては、「高度好塩菌 – Wikipedia」を参照すると「高度好塩菌は塩湖や塩田など高塩環境を好んで生育する生物で、古細菌の主要なグループの一つである。(中略)性質としては何れも偏性好気性の常温菌(一部は弱い好熱菌)で、アミノ酸などを基質とする化学合成又は光合成従属栄養生物である。」
とある。全文読んでみたが、NaもClも代謝するとは書いていない(しないとも書いてないが)。念のため他のサイトも参照してみたが、学術的と思えるサイトにはやはりそのような記述は見当たらない。

仮に好塩菌がNaClを代謝するとしても、体内に取り込むだけで消えてなくなるわけではない。また、体内に取り込んでまったく性質の違う高分子化合物に変えてしまうなんて事はありうるのだろうか。それにしても、その菌が死んでしまえば他の菌によって分解されて再び環境中に出てくるだけの話ではないだろうか?

先に上げた記事では「好塩菌を使った実験では、1カ月で土壌の塩分濃度を約4割削減できたという。」とあるし、仮にも大学の准教授がやった実験なのでしっかり対照を取ったものだろうから本当にそういう結果は出たのだと思う。では、本当に塩分(この記事だけでは何を測ったのかわからないが)が減ったのだとすればどのようなメカニズムだったのだろうか?

まず記事では「稲が育ちにくくなる4倍程度」の塩分とある。ただ、好塩菌のたい肥が使用された農地で栽培されているのは菜の花であり、水稲より耐塩性は強いのでイネが育つ濃度まで下がっているかどうかはわからないが・・・。
ということでまず考えられるのはたい肥を施用した事によって土壌の塩基置換容量が上がり、Naが土壌粒子や腐植に吸着されて土壌水分中の濃度が下がる、という場合である。しかしこれだと好塩菌を含むたい肥である必要はない。
ほかに考えられるのはたい肥に含まれるNH4(アンモニウムイオン)によって土壌粒子に吸着されていたNaが置換され、湛水や雨水によって流されてしまう、ということであるが、このどちらも決定打には欠けるような気がするが、この両方の相互作用というのも考えられる。とはいえ、いずれにしても好塩菌が関わっている必然性はないのである。

それにしても、現時点で得られる情報ではすっきりした結論は出せそうにない。どうしてももやもやしたものが残ってしまう。九州大の大嶺准教授の論文なり、研究発表要旨なりが入手できたら改めて検証してみたい。

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新規就農相談

新規就農に関する相談の資料が回覧されてきた。うちの職場では技術指導や農業経営に関する指導(簿記や経営分析など)のほか、新規就農促進なども行っている。当然、農業をはじめたいと言う人の相談も受け付けている。新規就農担当がいて、そのあたりの窓口をやっているのだが、希望内容によって私のような技術指導担当も相談に加わる。今回は新規就農担当が農協に出向いてその農協にやってきた希望者と面談した結果の復命であった。

回ってきたカードを見ると、名前が今風である。若いのかなと思って年齢を見ると本当に若い。しかも非農家であった。つまり農地もなく、農作業の経験と言えば農業関係の学校の授業のみという若者が「食料自給率の向上に貢献したい」と相談に飛び込んできたわけである。

そのカードに一通り目を通してまず思ったことは、「無謀だな、やめた方がいいのにな」だった。これは心底正直な感想だったのだが、しかし同時にあまりにリスクを先に考えすぎ、そういう自分の態度や考え方が農業の将来を育てる芽を摘んでいるのではないかとも思えた。

とはいえ、そういった何のバックボーンもない人がいきなり就農するのにはあまりに高いハードルが多すぎるのである。

たとえば普通の会社に就職する場合、それが初めての就労経験であれば初めはまず使い物になるまい。それでも賃金をくれるのは仕事を覚え、将来役に立ってくれるという見通しがあるからである。まったくの新規就農の場合はそれがない。いきなりお金を稼がなければならないのである。土地がないのなら土地を借りるところからスタートしなければならない。農家の子弟であれば親のネットワークで地元の農業委員会からも承認が得やすく、土地も借りやすい。それはコネがどうこう言うのではなく、農業者として信頼できるかどうかの問題である。もちろん地元の人間であれば無条件で信頼できるというわけでもなかろうが、見ず知らずの人間になかなか土地を貸せるものでもないだろう。
また、農業機械を揃えるのにも相当な金額が必要である。いきなり相当額の借金からスタートせねばならないのである。

現実的には、行政(県など)の新規就農支援制度を活用するために一年間篤農家や農業法人などで研修し(支援のための有利な貸付などを受けるために条件として設定されている場合が多い)、無利子あるいは低金利の制度資金を利用して機械類を揃え、研修先で信用を得て土地を借りられる状態にするといったところだろう。
一旦就職するなどして資金を稼ぎ(農業法人等であれば理想的だが)、自己資金などもある程度蓄えてからなお支援制度も利用するとなおいいと思う。

こうやって見ていくと、非農家出身でいきなり就農するのは本当にハンデが大きい。家が農家であれば、農業のいいところも悪いところも見てきており、やるならやるで覚悟を決めることができる。農地もあるし、トラクターなど基本的な農業機械やその他の道具も揃っているだろう。スタート地点からしてまったく違うのである。とはいえ、農家の子弟でも農業に対する考えが甘く、就農はしてみたもののすぐ放り出す人もいるにはいる。逆に追い詰められているものの強みで、やる気は非農家出身のほうが強い場合もある。

それにしても、こうして考えてみると非農家の人が普通に職業として農業を選びづらい状況というのがどうなのか、とも思える。高校や大学を卒業して就活を始めるとき、農業をやりたいという希望を持った若者を素直に応援し、気持ちよく農業の世界に送り出す。後は本人の努力と運である、というようにできないものだろうか。
とは言っても、農業は基本的に自営業であり、新規に農業を始めるということは起業するということなので、リスクがあって当たり前ではある。ではあるが、リターンも少ないように思えてならないのは農業関係者の僻みだろうか?

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