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2011年3月

津波からの農地の回復にむけて ~塩害対策について~

このたびの東日本大震災では、農作物に対する放射性物質による汚染が実際に起こってしまい、現場廃棄が相次いでいる。また、西日本ではその実感はないが、風評被害も広がっており、福島県産、茨城県産のみならず他の東北、関東の農作物が軒並み価格を下げ、また流通に乗らなくなっている。これら風評被害などについては申し訳ないが他の方にお任せして、自分としては自分にできること、塩害からの農地回復について技術的な解説をし、そちら方面での生産者の方の支援としたい。
また、私のところにも塩害対策の土壌診断技術者派遣の依頼が全国知事会から寄せられている。まだまだ先の事になると思うが、そのときにすべきことの再確認にもしたい。

それでは、まず農地が海水をかぶる事によってどのような障害が起こるのかについて説明したい。

1 浸透圧が上昇する事による根傷みの発生
土壌に海水が流れ込む事により、土壌水分中の塩類(水溶性物質)濃度が上昇する。水分は、塩類濃度の低いところから高いところへ移動し、平衡状態(同じ塩類濃度)になろうとする性質があり、このために塩類濃度の高い土壌では根の水分吸収が阻害される。その結果根傷みが発生し、植物体全体が萎凋する。

2 濃度障害
海水が流入する事により、負の電荷を持つ土壌粒子に陽イオンであるナトリウム、マグネシウムなどが結合し、これらの濃度障害、塩基バランスの悪化が起こる。ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムの塩基類ははナトリウムを除いて植物の必須元素であるが、絶対量よりもバランスが大事になるため、どれかの元素が突出して多い状態は植物にとって良くない。
また、陰イオンでは主に塩素などが濃度障害を起こす。土壌中の塩素濃度が0.1%(100mg/乾土100g)を超えると根圏への浸透圧の影響が大きくなり、生育阻害が懸念される。灌漑水では塩素濃度が200~250ppmを超えると生育抑制が見られるようになる。また、海水由来の元素ではホウ素も濃度障害を起こしやすい。

3 対策の目安
土壌では塩素濃度が0.1%を超える、またはEC(電気伝導度・乾土20gに対し、蒸留水100mlで攪拌し、懸濁状態で測定)1.0ms/cmになった場合、灌漑水では塩類濃度250ppmを超えた場合、またはECが0.5~1.0ms/cm以上になった場合に対策が必要となる。

では、ここからは土壌診断の結果、これらの障害発生が懸念される場合の対策はどうしたらよいかについての解説を行いたい。

1 真水による湛水除塩
基本的には真水による湛水除塩(掛け流し)が対策となる。水田であれば湛水し、代掻き(トラクターで土をかき混ぜる)して、表層水を流すと同時に地下浸透を図る。これを繰り返し、ECによる簡易診断を行うことで目標値に達しているかどうか判断を行う。

2 カルシウムによる置換
濃度障害の項目で解説したように、陽イオンである塩基類は負の電荷を持つ土壌粒子に吸着され、水の掛け流しだけでは十分に取り除くことができない。このため、石灰類を施用する事によりカルシウムでそれらの陽イオン(主にナトリウム)を置換(カルシウムイオンを土壌粒子に吸着させることで他の陽イオンを引き剥がす)して土壌水分と一緒に流せる状態にする。
ただし、その際には同時に土壌pHも測定し、適正値(作付け品目により変わる)より低い場合は炭カル(炭酸カルシウム)を施用し、高い場合は石膏(硫酸カルシウム)を施用する。どちらも標準施用量は100kg/10aであるが、炭カルの場合、大まかな目安としてはこの施用量の場合pHは約1.0上昇し、石膏の場合約0.5下降する。ただし、この数値はあくまで目安であり、土質によってpHが上下する度合いは変化するので、施用後または植付前にpHの再測定は必ず行う。

技術的な塩害対策を解説すると以上のようになる。しかしこれは、灌漑水などの施設が回復していることが前提である。また、津波をかぶった地域においては畔も崩れ、田畑の均平度もかなりの乱れを見せているだろう。このため、田畑が形だけでも元の姿を取り戻していることも必要である。そのあたり、どの程度農耕地が荒らされているのか情報が少なく、回復にどの程度の時間が見込まれているのか想像もつかない。現時点で自分にできることは少ないが、とにかくやれることだけでもやっておこうと思った次第である。

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TPPでの稲作をどう考えるか

このエントリの本題には関係ありませんが、このたびの東北関東大震災に際し、犠牲者の皆様に哀悼の意を表するとともに、被災者の皆様が一日も早く日常に復帰されるよう、また関係者の皆様のご努力に感謝申し上げます。

<追記>
いきなりで申し訳ないが、改めて読み返してみると摂津国人さんのエントリに対する返答にしようと書いたエントリだったが、なんだか噛み合ってない。もちろんこれは私の不徳の致すところです。と言うわけで、事情をご存じの方もそのあたりご承知の上でお読みください。

さて、ようやくブログの更新にまとまった時間と気力が確保できそうなので、以前トラックバックをいただいた摂津国人さんのブログ「はてなビックリマーク:カリフォルニア米の「リアル」」にお応えしたい。

それにしても、摂津国人さんの自分とは違った視点での農業に対する言及にはいつも感心させられる。前にも言ったことだが、自分はあまりに技術者としての視点に固まりすぎ、また自分が関わっている農家の心情に寄り添いすぎ、やや視点が偏っているように思う。摂津国人さんや最近twitterで相互フォローをしていただくようになった方々から自分とは違った視点での話を聞けて少しはその偏りが修正できればいいのだが・・・。その点では前エントリにコメントいただいた苦笑さんにも感謝せねばならないだろう。

それでは、本題に入りたい。

摂津国人さんはこのエントリとこうめさんのブログを読んだ上で、自分なりにカリフォルニアなどで生産されているジャポニカ米について調査した上で、

>短粒種は今年の市場価格では中級クラス以上の銘柄米と変わらない値段です。余程の品質でもない限り競争力は有りません

と看破されている。私もリンク先を見てみたが、そこから得られる情報ではカリフォルニア米などの販売価格については特に異論を持つ余地はなかった。摂津国人さんも指摘されているようにアメリカ国内での流通事情がわからないため、この価格がそのまま日本に輸出された場合に適用できるものかどうかはわからないが、なるほどこれではカリフォルニア米が国産米にとって直ちに脅威になるとは思えない。

そこで、私はいろいろと手を尽くしてカリフォルニア米の生産経費について調べてみたのだが、どうにも信用できる資料が見つからない。私は前エントリを執筆する際、業界団体が発行している雑誌などでTPPに関して論じられている記事を参考にしたのだが(もちろん賛否両論ともに)、アメリカ産米その他について、やはり内外価格差3倍などの数値が見られるのみで生産にかかる面積あたりあるいは生産量あたりの正確な積算基礎のある数値は見つけられなかった。

そこで、(株)日本総研が出している「わが国農業の再生に向けて」という資料を見つけたので、提示して参考としてみたい(pdfファイルなので注意)。

これによると、カリフォルニア米の輸出価格は年々上昇を続けているが、それでも2010年2月で約750ドル/t(グラフから目視での読み取り)≒3,600円/60kgである(ただし、この数字は中粒種であるし、精米価格であるので単純には比較できないので注意)。この報告書でははっきりとはわからないが、関税がかかってない価格のように読める。この数字が間違いないとしたら関税撤廃後ではとてもではないが競争にならない。もちろん、これに国内流通などの金額が上乗せされるのだろうがそれでも少なくとも瀬戸内地域ではこんな生産単価は夢のまた夢である。参考までに、香川県の試算では平均的な44aの生産規模で玄米60kgあたりの生産単価は約19,000円である。

この報告書の予測によると2020年までに10万円/t≒6,000円/60kgに収束するとあるが、それは以前に苦笑さんが指摘していたように稲作適地でなければ大規模化したとしてもかなり難しいのではないか。少なくとも瀬戸内地域の場合、高齢化した小規模兼業農家が離農して耕作放棄地がたくさんできたとしても、1筆あたりの面積が小さいため、それらを集約しての大規模化にはかなり無理が伴うだろう。

このような事から考えると、摂津国人さんもブログの該当エントリで言及されているように適正価格はどう考えても4,000円/10kg以上だと思われる。だとしたら、日本総研の資料から考えればTPP加盟後はどう考えても国内の稲作は成り立たないのではないか。私が以前から主張しているように、国民的合意のもと、よりしっかりした所得補償制度を確立するか、買い支える意識を持つしかないように思える。

もちろん、このように考えていて、いろいろな方策がうまくいくなどして国内生産単価を大幅に引き下げられたり、あるいはもとからジャポニカ米の国際流通価格と国内価格の差が思ったほど無く、普通に勝負できるのなら所得補償の予算を使わずに済む、または消費者の懐が痛まずに済むだけの話なので(もちろん対応する準備のためのコストは無駄になる可能性があるが、それは小さい問題だと思う)国としてそういう意識を持って準備しておくべきだと思うのだが、どうだろうか。

それから、自分としては国内農業が壊滅状態になることによる生活環境などの急激な変化も人間生活にとってマイナスになると考えているので、農業の保護を優先に考えたらこうなる、と言う意見であって、急激な変化を許容してでも農業を含む産業構造の改革をもたらすべき、というのはまた別な議論になることをお断りしておきたい。

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やっぱり反対しておく、TPP

今までTPPに関してははっきりした態度を表明していなかった。それは、自分の中でTPPに対しての考えがしっかりとまとまっていなかったからだ。では今回、エントリを挙げるに当たって考えはまとまったのかというとまだである。しかし、そんなことを言いながらもにょもにょしているうちにどんどん先を越されてしまった。特に、最近twitterでフォローさせていただいたこうめさんはしっかり自分の考えを持ち、TPPに対する考えを表明されている。そこで、自分も途中経過ではあっても自分の考えを披瀝しておく必要があるだろうと考えた次第である。

さて、私は現時点でTPPに対してどう考えているか。少し前までは参加やむなし、それで向上した分の景気を農業政策に使う、あるいは国として国民として国産農作物を買い支え、日本の農業と農地を守るしかないと思っていた。いや、今でもそう思っている。ただ、やむなしの内容が少々変わった。以前はやや積極的にやむなしと思っていたのだが、今では流れ的に止めようがないのではないか、と言うスタンスだ。それならばTPPに参加するまでに農業政策についてどこまで踏み込むのかをしっかり決めておくべきだし、国民全体がきちんと判断できるように情報提供も徹底しておくべきだろう。そのためには自分も微力ながらできることはやっておきたいと思っている。

さて、その上で自分としてはどう思っているのか。表題の通り反対である。まず、農業の面だけを見れば、稲作では持続可能な価格が維持できないのは火を見るよりも明らかであろう。日本の土地の利用効率を考えれば、アメリカやオーストラリアに適うはずもないのは今更私が言うまでも無く、多くの人が指摘していることだ。それらの国にどれだけ日本向けの短粒種(ジャポニカ米)栽培の適地があるかわからないが、少なくとも日本よりは一筆の面積が大きなほ場は多数確保できるだろうし、日本への輸出が効率の良い商売になると言うことになれば、ジャポニカ米に転換する産地が出てくることは想像に難くない。それで、日本の水稲作が壊滅状態になったとしたらどうなるか。これも多くの方が指摘しているようにその周辺産業への影響がどこまで波及するのか想像もつかない。また、野菜などはまだ勝負できるとは思っているものの、露地野菜は水稲作なくしては成り立たない場合が多い。結局品質や収量も今のままとは行かなくなる公算が大きいのである。
つまり、何の対策も打たなかった場合、少なくとも今より農業の状況は確実に悪くなる。現在の農業が他の産業に類を見ないくらい好調であるのならまだしも、現時点ですら滅多なことでは新規就農を薦められないような現状で、なお悪くなることがわかっていてその方向へ進む政策を支持できるか。少なくとも自分にはできない。

それと、自分として心配なのは輸出産業が好調になったとしてそれで本当に好景気がやってくるのか、と言うことだ。たとえ一部企業(どのくらいの規模かは想像もつかないが)が儲かっても、国内に目を向ければ農作物以外にも関税のかからない物品が大量に入ってくることも考えられる。TPPに参加しない中国からの現時点の輸入ですら、これだけ国内の様々なものの価格を下げている。つまり、今以上にデフレが進行することが懸念されるのだ。
私は経済学にはずぶの素人なので、間違ったことを言っていたら指摘していただきたいのだが、デフレになれば確実に経済は停滞するのではないか?ものが安くなると言うことは買う方からすればありがたい面もあるが、投入されたエネルギーに対して動くお金の量が少なくなるため働いても働いても売っても売ってもお金が世の中を回らなくなる。好景気の時というのはアイディアやサービスに対して大きなお金が動くものである。今は良いものでもより安くが正義である。TPPが発動することによってそのデフレがさらに加速しないだろうか。どう考えてもデフレ傾向が強まるとしか思えない。そうなれば、景気浮揚による農業への投資という自分の考え(希望)も困難だと言うことになろう。不景気に喘ぎ、明日への希望も見えない中で高い国産農作物を買い支えてくれと誰が言えようか。そんな事態に陥る事が目に見えていて、TPP参加すべし、と軽々しくは私には言えない。

おそらく、TPP参加によって経済がどのように動くのか正確に予測できる人はいまい。しかし、最悪の事態を想定することは様々な知恵を集めればできるはずだ。そして、それを避ける知恵も、不幸にして最悪の事態に陥った場合にもそのダメージを最小にする知恵も出てくると思う。少しでも幸せな明日を夢見るためにも多くの人に考えてもらいたい。どのような結論を出すにせよ、声の大きな人に引きずられて失敗した過去の政治の愚を繰り返すことないようしっかり考えていくべきだろう。

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