IPM(総合的病害虫管理)ってなんだろう

農業生産の現場にいると、IPMという言葉を最近よく目にするようになった。これはIntegrated Pest Managementの略で、日本語では総合的病害虫管理と訳されることが多い。これは農薬だけに頼らず、利用可能なすべての防除技術をそれぞれ矛盾することなく組み合わせて実用上収益に問題ないレベルまで病害虫を抑制しようというものである、と私は理解している。念のため、FAO(国連食糧農業機関)による定義を引用しておこう。 『Integrated Pest Management (IPM)とは、農作物に対する有害生物制御に応用可能な全ての技術を精緻に考慮し、それらの発生増加を抑制する適切な方法を総合的に組み合わせ、農薬やその他の防除対策の実施は経済的に正当なレベルに保ちつつ、人や環境へのリスクを軽減または最小限に抑えることを意味する。IPMでは、農業生態系撹乱の可能性をより少なくし、有害生物の発生を抑える自然界の仕組みをうまく活かすことにより健全な農作物を育てることが重要視されている。』 ここでは人や環境へのリスクも軽減することが謳われている。ここでお気づきの方も多いと思うが、ことさら農薬の低減を強調したり、食の安全安心の向上に触れたりしていない。もちろん、「人へのリスク軽減」という部分からそう読み取れないこともないが、それらを含んでいるとはしてもそれが目的の主体でないことは明らかだ。 というのも、「食の安全」という意味において、農薬の低減や不使用はあまり意味のあることではない。農薬の使用基準については品目ごとに厳密に残留基準値を超過しないように設定されており、残留基準値自体も健康影響が起こらないように設定されていることは以前から述べている通りである。 ではなぜ、こういう概念が生まれ、普及してきたのだろうか。その歴史については農薬工業会のサイトが詳細に解説している。そちらはそちらでお読みいただくとして、以下で私の個人的見解を述べてみたい。 農薬工業会のサイトで解説されているように、IPMの元となる考え方は化学農薬に頼りすぎた防除体系に対する反省から1960年代から提唱され始めたようだ。ただ、私の印象では少なくとも日本では2000年代に入るまであまり浸透していなかったのではないかと思われる。というのも、農薬の使用基準に対する使用者の違反は平成15年に農薬取締法が改正されるまで罰則はなく、濃度や使用後日数が守られていない事例もあったのではないだろうか。それでも残留基準自体がかなり安全側に振った設定になっているうえ、使用基準も残留基準を超えないように余裕を見て設定されていたため、食品として流通している農作物で直接の健康被害はまずなかったはずである。 それでも平成15年の農薬取締法改正以後、というより平成14年の無登録農薬事件以降、世間(というより流通業者)の目が非常に厳しくなり、農薬使用基準の遵守や化学農薬の使用低減への意識は急激に高まってきたと思う。   また、その事件等とは関係なく、農薬の安全性向上は農薬メーカーでも取り組まれ、様々な病害虫に対し、より特異性が高く人畜への毒性が低い農薬が開発されており、そういった農薬への移行が進んでいる。また、農薬工業会のサイトにも書いてあったように昔の農薬のように強力で一網打尽できるような殺虫剤は害虫の天敵も撲滅してしまい、かえって害虫を増やすというような現象(リサージェンス)を引き起こすこともあり、また強力であるがゆえに同じ農薬を繰り返し使い、抵抗性も発達させ、効果も現れにくくなってきた。そのような面からもIPMには意義がある。 さて、それでは生産の現場ではどのような技術が用いられているのだろうか。 1 耕種的防除 栽培上の工夫で病害虫を減らす防除技術。土壌改良や耕起などによる土壌の膨軟化や水はけの改善によって植物を健全にするとともに土壌伝染性の病害を減らす、残渣の圃場外への搬出により病原菌などの増殖の防止、輪作によって特定の病害虫の増加を防ぐ、台木や抵抗性品種の使用、それらを総合して栽培環境を適正化することによって防除を行う。 2 物理的防除 物理的障壁を作ったりすることで病害虫の侵入を防ぐ技術。防虫ネットにより害虫の侵入を防ぐ、粘着トラップなどで害虫を捕獲する(これは個体数の低減よりも発生のモニター目的のことが多い)、光が散乱する資材で害虫の飛来を阻害する(UVカットフィルムも含む)、紫外線や緑色光で抵抗性を誘導する、黄色蛍光灯で夜蛾類の飛来を防止する、などである。 3 生物的防除 生物を用いて病害虫の活動を抑制する技術。天敵による捕食で害虫の密度を下げる、拮抗する微生物により病原菌の増殖を抑制する、害虫に対する毒素を持つ微生物資材(菌そのものの場合と抽出毒素の場合がある)により防除する、など。 4 化学的防除 いわゆる化学農薬を使用した防除。殺虫、殺菌のほか誘因や忌避剤も含む。 これらを相互に矛盾しないように使用する、と先ほど述べたが、このあたりのマネジメントが難しいのである。例えば天敵を使用する場合、特にハダニ類の場合は同じダニ類の天敵であるカブリダニを使うことが多いが、当然ながら殺ダニ剤は天敵のカブリダニも殺してしまう場合がある。天敵のカブリダニには効果が少なく、ハダニには十分な効果のある薬剤もあるが、そうすると使える薬剤が限られ、慎重に防除のタイミングを図る必要がある。また、天敵が活動しやすい環境を作る必要もあり、そのためには餌になる害虫もある程度の発生は許容する必要があり、化学的防除への切り替えのタイミングを見誤ると被害が増大することもある。このため、IPMをうまく運用するためには発生密度やその他環境のモニターが欠かせないのである。 今回、IPMの意義や技術内容を紹介しようとして、すごくまとまりのない文章になってしまった。しかし、言いたいことはあらかた吐き出せたと思うので、疑問点や誤りなどご指摘していただき、より理解が深められれば、と思っている。

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畝山智香子 著 「健康食品」のことがよくわかる本」

最近、すっかり書評ブログと化している当ブログです・・・。 今回は食品安全情報blogを書かれている畝山智香子さんの「「健康食品」のことがよくわかる本」を取り上げてみたい。畝山さんは国立医薬品食品衛生研究所安全情報部第三室長という立場にありながら、上記のblogを立ち上げて情報発信に努めておられる方だ。そのような方がいわゆる「健康食品」についてどのように書かれているのだろうか。 目次構成は日本評論社のサイトをご覧頂くとして、本の構成に沿って内容を紹介し、コメントしていきたい。 さて、まず第1章では医薬品の安全性がどのように担保されているのか(一般向けとしては)詳細に解説されている。その内容については繰り返さないが、これを読めば医薬品がいかに何重ものハードルをくぐり抜けてきているかわかると思う。しかもそれは、厳密にルールが決められていて、脇道や近道など無いこともよくわかるだろう。しかも、一旦承認された医薬品でもその後現場で使用されるに当たって、何か問題が起これば直ちにフィードバックされ、常に見直しが行われるということも知って頂きたい。 ともかく、表の細かい中身などまで理解し、覚える必要は無いと思うが、医薬品承認の厳密性は「科学」というものに通底する「確実性」を担保するための考え方にも通じる部分があるので、是非理解して頂きたい。自分の主戦場である農業においても、農薬の登録が医薬品と同じような考え方でなされていることも知ってもらえるとありがたい。 第2章では食品の安全性についての解説がなされている。予備知識なしに一般的に考えられている食品の安全性についての考え方と実際にどうリスク管理をするのかという考え方のギャップに驚くだろう。実際、伝統的に食べられてきたから安全とは言えない、ということが理解できれば、この本の目的はある程度達成できたと思って良いのではないか。 第3章では医薬品と食品の間に位置するものについて。漢方薬(医薬品でもある)、伝統療法、サプリメントなどだ。オーストラリアやEUなどでのそれらの定義や規制について紹介され、日本のそれと比較してある。また、実際にあった事例を紹介し、それについて解説されている。 それぞれの国や地域で歴史や伝統的食生活の違いがあるので一概にどうこうは言えないが、概して日本のものは緩い印象である。もちろん、緩いことは悪い事ばかりではないが、消費者にとっての利益で考えるとどうにも上手く考えがまとまらない。情報提供はしっかりやって欲しいなと思う一方、あまり細かく書いて誰が読むのかなぁ、と思ってみたりする。 第4章では食品の機能表示について、やはり日本の場合と欧米、韓国などの実際の事例も紹介しながら、科学的根拠がないことの危うさについて書かれている。それにしても、この章ではなおさら日本の規制の緩さ、そこへつけ込む「健康本」やマスコミの健康関連記事について危機感を感じてしまう。米国では忘れ去られそうになっているものが日本ではまだはびこっていたりするのである。もちろん、欧米(ひとくくりにしてごめんなさい)の方が酷い場合もあるのだが・・・。 最終章では「食品」の機能についての解説と、それらの機能に対する一般人のイメージと食品系の科学者、技術者とのギャップについて書かれている。そして、著者の考えとして機能性表示よりも科学的根拠に基づく栄養成分表示を提言している。情報提供の正しさとしてはそれがベストなのだろう。しかし、それを実際の効果としてベストにするには社会全体での科学的な視点というものを充実させていく必要があるだろう。 いずれにしても、日本では情報が少ないのを良いことに、マスコミが都合の良いところだけ切り取った報道をしがち(個人的な印象です)なのはどうにかならないかと思っている。それだけに、どらねこさんのブログ「とらねこ日誌」でも言及されていたように、そういった情報発信をする人たちにこの本は読んでもらいたいと思う。 最後に、第4章の終わりに書いてあった言葉を引用して終わりとしたい。 「科学は冷酷なので人の気持ちなど斟酌しません。どんなに一生懸命だろうがどれだけ苦労して開発したものであろうがダメだった仮説は捨てられます。それはある種の人々にとっては受け入れ難く、別の仮説に昇華し損なったりした仮説が幽霊となって彷徨うのでしょう。もちろん幽霊を作っているのは科学ではなく人間の「思い」なのです。」 まさしく科学を科学たらしめているのはこの根本にある「物事を人間の思いを排して確かめるための方法」なのである。そのことだけでも理解して頂ければずいぶん世の中は変わると思うのだけど・・・。

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«ポール・オフィット著 ナカイサヤカ訳 代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?